2人で迎える朝
〜中篇〜
「よっと」 軽々と姜維の体を寝台に運び込み、ようやく夏侯覇は一息ついた。 姜維の家は、月英のところからは少し離れた所にあるのだが、夏侯覇にとってみればさほど気になる距離でもない。 幸い夜が更けていたので往来に人はなく、誰にも姜維の泥酔姿を見られることはなかった。 勝手知ったる何とやら、とばかりに、何のためらいもなく、そして迷うことなく、夏侯覇は姜維の寝台にたどり着いた。 「すみません。かこうはどの・・・」 よわよわしい声が返ってきて、夏侯覇は驚いた。 「姜維、寝ていたんじゃなかったのか?」 「いま、おきました。ここは・・・」 「お前の部屋だよ」 ぼんやりしたまま、姜維はゆっくりと辺りを見回し、自分の部屋の天井を確認してから、夏侯覇に視線を転じた。 「あなたにはごめいわくをおかけして・・・」 「迷惑なんかじゃねえって。まあ、これからは深酒には気をつけろよ」 色々反則だから、という言葉は呑み込んでおいた。 宴の際、寄りかかられたときに、人目もはばからずうっかり押し倒しそうになり、夏侯覇は危なかったと思ったのだ。 「かこうはどの。あの・・・」 「うん? どうした?」 「あ、あの。その・・・」 何故か今にも泣きそうな表情で、姜維が夏侯覇の袖を掴んだ。 そんな姜維を見るのも初めてだ。 消え入りそうな声がぼそりと告げる。 「あの・・・きらいにならないで・・・」 「え?」 夏侯覇にとってみれば突然の言葉だった。 しかし、姜維にとっては重大なことだ。 酔いつぶれ、部屋にまで運んでもらうという大失態。 これでは夏侯覇に呆れられ、嫌われてしまってもおかしくはない。 不安が急速に広がっていき、酔っ払いの頭では何も考えられなくなっているのでなすすべもなく、声に出さずにはいられなくなったのだ。 「ごめんなさい。なさけなくて」 こわい。 とにかく怖くて仕方がない。 夏侯覇に愛想を尽かされてしまうのが。 ここに来て初めて、それほど自分は夏侯覇に依存していたのだということに、姜維は気がついた。 夏侯覇がいてくれたら安心できる。 夏侯覇に嫌われたらと思うと、居ても立っても居られない。 「かこうはどの、いかないで」 渾身の力を込めて、姜維は夏侯覇に抱きついた。 離れてほしくない。 でも、嫌われたかもしれない。 姜維の力は強かったが、肩はかすかにふるえていた。 「姜維」 夏侯覇に名前を呼ばれて、明らかに姜維がびくついた。 その先に負の言葉がこぼれることを恐れている。 いつもなら、優しく背中を撫でてやり、穏やかに姜維を諭してやる夏侯覇だが、このときは違った。 「そこまで言うなら責任取れよ」 姜維の耳元で、感情を抑えた低い声でそう囁く。 「お前が望むなら、俺の全部をお前にやるよ。けど、そうしたらもう後戻りはできないぞ。幾ら酔った勢いとはいえ、一度手に入ったお前を、俺は手放す気はない」 だから、よく考えろ、と夏侯覇は続けるつもりだった。 しかしそれよりも早く、姜維が口を開いた。 「夏侯覇殿がいてくださるなら、責任でも何でもとります」 今まで呂律の回らぬ様子であったのに、姜維は今ははっきりとした口調で言い切った。 上気している顔は変わらないが、まっすぐ夏侯覇を見つめる眼差しは強く、熱がこもっている。 「お前は・・・」 うめくように呟いて、夏侯覇は大きく息を吐いた。 次の瞬間、覚悟の決まった彼にはもう、迷いはなかった。 どさり、と寝台に二人分の体重がかかる。 まるでそうなることが当然だと言わんばかりに、二人の顔が重なった。 「ん」 鼻にかかった吐息がこぼれる。 重ねるだけではない、何度も角度を変えながら、夏侯覇の舌が姜維の口内を蹂躙する。 ねっとりしたものが唇を撫でた後、唇を割って姜維の歯列をなぞった。 そのまま、その奥にある舌を絡める。 濡れた音が姜維の耳にも届いたが、ぼんやりした頭では羞恥を感じることはなかった。 余計なことを考えられない分、素直に夏侯覇を受け入れられるのだろう。 「ふ・・・ぁ・・・」 慣れないながらも、夏侯覇に応えようと、姜維は彼の首に腕を回した。 口唇への愛撫を繰り返しながら、その合間に夏侯覇の手が姜維の衣服にかかる。 器用に袷をくつろげると、それを合図に夏侯覇の唇は姜維の首筋へと移っていった。 「ひぁ・・・っ」 舌が伝う感触に思わず姜維の口から嬌声が上がる。 ぞくぞくと伝う快感に、形の良い顎が上向いた。 「やっぱり、止められそうにないな」 荒い息の中で夏侯覇がくすりと笑う。 「とめないで・・・おねがいです・・・」 すかさず姜維が夏侯覇に縋りつく。 離れてほしくない。 言葉ではなく、濡れた眼差しがそう訴える。 「お願いじゃ、聴かないわけにはいかないな」 夏侯覇の顔が姜維の胸に沈む。 「っ、あっ!」 肌に舌が這うという初めての感覚に、無意識のうちに逃げる姜維の体は、夏侯覇の力の前に簡単に抑えられてしまう。 その間交互に胸の突起を口に含まれ、舌で転がされて、そのたびに体中に快感が走る。 「あぁ・・・んっ・・・」 だんだんと素直に快感を受け入れるようになってきたのか、姜維は夏侯覇の頭を掻き抱く。 それはまるでさらなる行為を促しているようにも見え。 長身をいとも簡単に片手で押えこみながら、もう片方の夏侯覇の大きな手は姜維の下肢に伸びていた。 「やっ・・・!」 布越しにでも、彼の一番敏感なところが快楽を主張しているのが分かった。 姜維もそれを感じたのだろう。 さすがに羞恥心が生まれ、夏侯覇の手を逃れようと身をよじったが、力は夏侯覇のほうが上だ。 無駄な抵抗に終わる。 「良かった。ちゃんと気持ち良くなっててくれて」 「っ、だめ、まって・・・!」 「待てない。待てるはずないって。俺だってこんなだし」 夏侯覇は姜維の手を掴むと、己の股間に導く。 人の、それも大きくなっているときのものを触れるのは初めてだったので、姜維がびっくりして目を見開いた。 だが同時に、自分と同じように体が反応していることに、姜維はひどく安心感を覚えた。 「ほらな。分かっただろ」 「かこうはどのも、きもちいいんですか?」 「当たり前だろ。姜維が可愛いからな」 夏侯覇も、同じ。 同じように快感に浸っている。 何も考えられない頭でも、その事実はとてつもない喜びとして理解できた。 「・・・うれしいです。いっしょなのが」 「もっともっと、気持ち良くしてやるからな」 するりと衣服は取り払われ、いつの間にか夏侯覇も肌を晒していた。 間近に引き締まった体が迫り、それだけで反応してしまう。 「んぁ・・・はっ・・・」 再び貪るような口付け。 その間夏侯覇の指は、姜維自身を這っていた。 「うぁ・・・んん・・・!」 丁寧に扱かれると、姜維の口から勝手にくぐもった声が上がる。 全身を駆ける快楽の渦は大きくなるばかり。 その波に素直に身を委ねるには、まだまだ経験が足りないと見え、姜維は時折無意識のうちに体をよじる。 そのたびに夏侯覇は、なだめるように口付けを繰り返した。 「ん――――っ!」 ひときわ大きく身を震わせ、姜維は初めての絶頂を迎える。 己の発した白濁したものが夏侯覇の手を汚しているのを見て、真っ赤になった。 「すみません、その・・・」 「何で謝るんだよ。素直に感じてくれて、俺は嬉しいけど」 間近でにこりと微笑まれて、姜維は息を呑んだ。 夏侯覇の笑顔はこれまで何度となく見てきている。 けれどこんなに優しくて、艶っぽい笑顔は初めてだ。 「かこうはどの・・・」 たまらず姜維は自分から唇を重ねた。 夏侯覇がしたみたいに舌を侵入させると、すぐに彼も応えてくれる。 姜維が口付けに夢中になっている間に、夏侯覇は濡れた指を姜維の秘所へと伸ばした。 「んっ!」 姜維の発した精液を塗りつけながら、丹念にほぐす。 普段触れられることのない場所を弄られるのは、さすがにどうしたら良いか分からない。 「やっ、まっ・・・」 「待てない。大丈夫だから」 夏侯覇の大きな手がなだめるように頭を撫でる。 それだけで安心した。 けれど恥ずかしさは消えない。 どうにもならなくて、姜維はぎゅっと夏侯覇に抱きついた。 初めてだけれど、おかしくはないだろうか。 不安が募ってそっと彼の顔をうかがう。 「!」 その顔を見て、びっくりした。 興奮に上気した顔、切なげに揺れる眼差し、苦しげに漏れる熱い吐息―――― こんな姿は見たことない。 夏侯覇も感じてくれているのだということが分かる。 「・・・うれしい」 「ん・・・?」 「ふふっ」 良かった。 自分でも夏侯覇を興奮させられている。 不安が半減したためか、体のこわばりが解け、すんなりと夏侯覇の指を受け入れていった。 「ふぁっ・・・」 敏感なところを刺激されて、姜維の身がのけぞる。 「ここが姜維の良いとこ?」 「わ、分からな・・・んっ!」 良いのか悪いのか、残念ながら姜維には分からない。 だが、体は間違いなく快楽を訴え、夏侯覇を求める気持ちは溢れんばかりに募っていく。 体に埋め込まれる指が増えても、嫌悪感は全くなくて。 むしろ夏侯覇によって知らない自分が暴かれて行くのは、恥ずかしくはあれど、嬉しいことだった。 「かこうは、どの・・・あの・・・」 「・・・ああ、もう、良いよな」 夏侯覇は姜維の足を大きく広げ、今まで彼の指をのみ込んでいた穴に、ぴたりと自分のものを押し当てた。 「ひっ・・・」 その熱さに息をのんだ姜維に気がついて、夏侯覇は大きな手で姜維の頭を再び撫でる。 「大丈夫だ。怖いことはないから」 「は、はい・・・あの、だいじょうぶ、です」 「ああ、良い子だ」 ちゅっと音を立てて口付けしたのと同時に、姜維に己の楔を埋め込んでいく。 「ぅあっ・・・」 「くっ・・・」 もともと備わっている役割と違うことをしているため、幾ら慣らしていても、どうしても無理は出る。 姜維の表情が苦悶に歪んだ。 それでも。 「か、こうは、どの。だいじょうぶ、だから・・・」 姜維を気遣いぴたりと挿入を止めてしまった夏侯覇にそう言って、姜維は彼に回した腕の力を込める。 離れてほしくない。 もっとそばに来てほしい。 酒に酔って極度に思考力の低下した姜維の頭の中は、そんな望みばかりに占められていた。 痛くても苦しくても、それが夏侯覇の与えるものならば、何でも受け入れられる。 「お前、ソレ、凄い誘い文句・・・」 夏侯覇は上気した顔で苦笑した。 そんなに可愛くねだられれば、従う以外ない。 「姜維、もう少し我慢な・・・」 「う・・・は、い・・・」 姜維がうなずくと同時に、再び夏侯覇が動き出す。 痛みは伴ったものの、夏侯覇の気遣いは姜維にも伝わってきていたので、さほど苦しくはなかった。 「っ、んっ!」 「・・・ちゃんと、全部入ったよ」 「え・・・?」 「これで、姜維は俺のものだな」 嬉しそうに微笑む夏侯覇の顔が目の前にある。 あまりにもその笑顔が眩しいので、姜維もつられて笑みを返した。 「じゃあ、かこうはどのは、わたしのもの・・・?」 「ん、そうだな。俺で良ければ」 「いいにきまっています」 そうでなければ意味がない。 「すきです、かこうはどの」 「ああ。俺も、姜維が好きだ」 抽送を繰り返すたび、繋がりあった部分が卑猥な音を立てる。 「あっ、ひ、やぁっ」 痛みはいつの間にか消えていた。 先ほど指で探り当てられたところを執拗に攻められているうち、痛みはすっかり快感へと変わっている。 「姜維、可愛い」 何度もそう告げられ、そのたびに口付けが降ってくる。 ただでさえ低下していた思考は、目の前の夏侯覇を求めることしか訴えない。 夏侯覇が好きで。 夏侯覇が欲しくて。 もっと夏侯覇を感じたい。 それは夏侯覇も同じのようだ。 すでに遠慮は消えており、激しく姜維を攻め立てていた。 その都度返ってくる姜維の反応が愛おしくて、さらなる行為へと繋がっていく。 「あっ、んっ、かこう、は、どのっ」 「う、ん。くっ」 部屋には二人の甘い声と、淫靡な水音だけ。 時折不自然に声が止まるのは、口付けを繰り返すから。 繋がっていないと不満とばかりに、お互いどちらからともなく自然とそうなっている。 熱に侵された頭の中では、互いを求めることしか浮かばない。 こんなに激しい感情は初めてだった。 「あっ、も、もうっ・・・」 「ん、ああ、一緒に」 感情が高まり過ぎて、何が何やら分からない。 ひときわ大きく夏侯覇が突き上げてきたとき、 「あああっ・・・!」 姜維は目の前が真っ白になった。 びくりと大きく身を震わせ、二度目の絶頂をむかえた。 と同時に、体内に熱いものが体内に注がれたのを感じた。 |