2人で迎える朝
〜後篇〜
うわあああっ! 恥ずかしさのあまり、姜維は夏侯覇に背を向けて頭から毛布をかぶった。 酔っぱらっていたと言っても、記憶はちゃんとある。 何をしたか、何を言ったか、全て覚えている。 忘れた、なんて都合の良いことはない。 ――――私は、何て事を・・・! 思いだされる様々な痴態を思い出しては、恥ずかしさで死にそうになる。 どうしよう。 夏侯覇のことが幾ら好きだからとはいえ、あんなに乱れた様子を見たら、彼も呆れているのではないか。 嫌われたりでもしたら・・・。 「んー」 「!?」 寝惚けた声が聞こえて、姜維はびくりと大きく全身を震わせた。 「へっ、わっ!」 驚く間もなく、いきなり伸びてきた腕が姜維を捕らえ、あっという間に夏侯覇の胸に納まる。 素肌がぴったりくっつくと、昨夜の情事が思い出されて顔に熱がこもっていく。 「か、夏侯覇殿?」 「おはよ」 姜維を抱きしめる夏侯覇の腕の力は強い。 図らずも鼓動が速まっていく。 「お、お早うございます」 「おー。酔いは覚めたか?」 「は、はい」 そうか、とのんびりした口調でうなずいてから、何を思ったのか、姜維の顎を掴むと真正面から視線を合わせた。 「っ!」 昨夜の熱っぽい夏侯覇の視線が脳裏によみがえる。 いよいよ真っ赤になってしまった姜維を見て、夏侯覇はほっとしたように息を吐いた。 「良かった。全部忘れていたら、どうしようかと思ったぜ」 「忘れてはいないですが、忘れてほしいです」 「は?」 「だって、私、あんなに乱れて・・・」 「でも、お前の望んだことだろ?」 「そ、それはそうですが」 「だったら問題なし! むしろあんな姿見られるのなんて、俺だけだろ? あー、やばいな。すげー嬉しい」 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、姜維はおそるおそる尋ねてみた。 「あの、夏侯覇殿」 「ん?」 「えと・・・呆れていませんか?」 「何に?」 「あ、あんなに激しくあなたを求めてしまって、あなたが呆れたんじゃないかと思って」 言いにくそうにぼそぼそ告げると、「馬鹿だな」と夏侯覇は笑った。 「あきれるわけないだろ。むしろさっきも言ったけど、すげー嬉しいんだ。姜維があんなに俺を求めてくれるとは思ってなかったから、幸せすぎて夢かと思った」 眩しい笑顔は普段通りだ。 しかし、昨夜の艶のある表情を知ってしまったので、これまでと同じ目では見られない。 自然と顔の熱は増していくばかりだ。 「姜維はどうなんだ?」 「何がですか?」 「姜維こそ、呆れたんじゃないかなと思って。結構無理させたから」 「そんなことありません。夏侯覇殿が私を求めて下さることは、とても嬉しいです」 「そ、そうか・・・」 思いがけずはっきりと言いきられたのが意外だったのか、夏侯覇は照れくさそうにそっぽを向いた。 何だか子どもっぽくて可愛い。 姜維がくすりと笑うと、それに気がついて夏侯覇はむっとして口をとがらせた。 「俺だって、いきなりこうなるとは思ってなかったんだ。そりゃ、そうなれば良いなとは思っていたけどさ。俺の我慢なんてお前の言葉で簡単に無駄になっちまって」 まるでお前が悪い、と言わんばかりに夏侯覇は姜維をぎゅうぎゅうと容赦なく抱きしめる。 「くっ、苦しいです」 「少しは思い知れ。お前の可愛さは違法だ、違法!」 「な、何なんですか、違法って。だいたい、私が可愛いわけないじゃないですか。そんなことを言うなら、夏侯覇殿のほうがよっぽど可愛いです」 「俺のどこが可愛いんだよ」 ああでもない、こうでもないと言い合いを始めてしまう二人。 だが、すぐに気がつく。 「・・・結局、俺はお前が好きで、お前は俺が好きってことだよな」 「そうですね」 いかに相手が魅力的かをお互い言いあっているのだと気付き、二人してふきだした。 「何だよ、俺たち相当相思相愛ってことじゃん」 「ですね、何だか言い合いをしていたのが馬鹿らしくなりました」 ひとしきり笑ってから、ぴたりと二人の笑い声が止まる。 どちらからともなく、唇を重ねていた。 昨夜のような激しさはない。 しかし、触れるだけではあっても、募る愛おしさは変わらない。 すぐに唇が離れて、間近で互いの目をじっと見つめると、自然と表情が緩んでいく。 「・・・改めて、これからもよろしくな」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 神聖な誓いを口にする思いでそう告げあって、朝のまどろみの中、姜維と夏侯覇は再び目覚めの口付けを交わした。 ――――蛇足だが、その日、珍しく姜維は休みをとった。 昨夜の月英宅での宴会の出席者は、恐らく二日酔いがひどくて出て来られないのだろうと思ったが、それを一般の役人や兵たちに説明できるわけがない。 それぞれが適当に言い繕って、その日は姜維の面目が保たれる形で無事に過ぎていった。 その中で一人、馬岱だけは何故夏侯覇まで休みを取ったのか不思議に思ったが、姜維を酔いつぶしてしまった責任と、宴会の席で夏侯覇に助けられた恩を感じていたので、その疑問を誰にも打ち明けることなく、そっと彼の胸だけにしまっておいたのだった。 |