『君を想う』前夜






 ――――何だか、妙に嫌な予感がしていたんだ。


「あっ・・・んぁっ・・・」


 だからだと思う。


「か、こうは・・・どの・・・! んっ」


 無性に焦燥感に掻きたてられて、いてもたってもいられなくなった俺は、深夜にも関わらず姜維の部屋に乗り込むと、強引にあいつを組み敷いていた。
 いつもだったら、もっと姜維を気遣うこともできたんだろうけど、このときの俺にはそんな余裕は全然なくて。


「姜維・・・」


 敷布をぎゅっと掴む姜維を、後ろから激しく攻め立てていた。
 何だろう。
 はっきりこれだ! って理由を言えれば簡単なんだろうけど、この心の中の嫌なもやもやが解消できない。


 こんなことは初めてだった。
 だから、こんならしくもないことをしているんだろう。


「なあ、姜維。ちょっと付き合ってくれないか?」


 ・・・そうだ。部屋を訪れた理由は、確かそんな感じだった。
 胸騒ぎが治まらなくて、何故だか姜維に会わなきゃって思ったんだ。
 口実なんて適当だ。


「こんな夜遅くに、体に障りませんか? 明日は?陽に出陣だと言うのに」


 姜維はそう言って俺を咎めはしたが、追い返すことはしなかった。


「全然眠れねえんだ。寝酒を飲めば眠れるかと思って」

「それでわざわざ、私のところまで?」

「一人で飲んでてもつまんねーだろ」


 そうだ。
 それから酒を酌み交わして。


 姜維は俺の我がままに付き合ってくれた。
 自分だって明日もやるべきことが山積みであるはずなのに。
 それが嬉しかった――――けど。


「なあ、姜維」

「はい?」

「・・・ほら、まだ飲み足りないだろ。もっと飲めよ」


 普段あまり酒を飲まない姜維に、いつも以上に酒を勧めた。
 俺からの酒を、姜維は断らない。
 何だかんだ言いつつもちゃんと干してくれる。
 だから、姜維を酔いつぶすのは簡単だった。


「ん・・・」


 とろとろとまどろみ始めた頃合いを見て、俺は声を掛けた。


「大丈夫か?」

「すみません・・・ちょっと・・・」

「じゃあ、寝台に行くか」

「はい・・・」


 姜維は絶対俺の真意に気づいていない。
 素直に寝るもんだと思っている。
 ・・・悪いな、姜維。素直に寝かせるつもりはないんだ。


「ふっ・・・あっ、んんっ・・・」


 そうして、今の状況に至る。
 酔いつぶれた姜維からはさしたる抵抗もなかった。
 余計なことを考えなくて良い分、普段は強い羞恥心も薄れるのだろう。
 いつもより姜維の反応が大きい。


「ああっ、やっ、ん・・・!」


 うっすらと全身を紅色に染めた姜維。
 その表情は恍惚を浮かべている。
 潤んだ瞳が俺を見上げた瞬間、頭の中で火花が散った。
 俺はたまらず何度も己の楔を打ち込みながら、その肌に指を這わせる。


「姜維・・・」

「んっ!」


 時折背中に唇をつけると、そのたびに姜維の体は跳ねた。
 すでに幾多の痕を残しているけど、それでもまだ足りない。


 今俺の前には姜維がいて。
 俺の手であられもない姿を晒している。


 普段のこいつからは想像できないほど淫靡な姿を見られるのも、俺の特権なんだろう。
 姜維の特別、という地位に自分がいる自覚は、ちゃんとあった。
 でも。


「まだ足りない」


 思わずこぼれた本音に、姜維が反応した。


「か、夏侯覇殿・・・」

「全然姜維が足りないんだ」


 初めから分かっていたことじゃねえか。
 姜維が蜀の未来に全てを懸けているなんて。
 何度でも何度でも北伐を繰り返して、非難されても馬鹿にされても諦めなくて。


 姜維の基準が蜀にあることは知ってたんだ。
 その上で、姜維を好きになったはずだったのに。


「それでも、俺はお前が欲しいから」


 姜維の全部が欲しい。
 心の中ではずっと思ってた。
 姜維が蜀に向ける意識すら、全部自分に向けて欲しいと。


 でも、それじゃ姜維は姜維じゃなくなる。
 そんなことが簡単にできないから姜維なんだ。


 分かっているのに。
 今までは納得できていたのに、どうして今はこんなに激しく姜維を求めているんだろう。
 焦燥感は大きくなるばかりだ。


「姜維・・・」


 俺は何度も抽送を繰り返しながら、そっと手を伸ばして姜維のものを掴んだ。


「ひぁっ!」


 熱を持ち、勃ち上がっているそれは、先走りの滴をとろとろとこぼし、絶頂が近いことを示していた。
 俺は容赦なくその先をぎゅっと握る。


「んっ!」


 そうして、空いている手で、膨らんでいる姜維の胸の突起を弄る。


「やっ、だめ・・・! かこ・・・は、どの・・・!」


 先を圧されていては、達したくても果てることができない。
 解放することができない姜維は、快楽だけが体の中につもっていく。
 何度も身をよじる姜維を、俺は力で抑えつけた。


 何でこんなことをするのか、俺自身にも分からなかった。
 姜維は大事だ。
 傷つけたくなんかないのに。
 でも、このときばかりは我慢できなかったんだ。


「姜維」


 俺は姜維の耳元で囁いた。


「俺の質問に答えられたら、イかせてやる」

「しつもん・・・?」

「そう、簡単だ」


 今にも泣きそうな表情の姜維に、さらなる興奮を覚えた。
 ああ、もう、どうしてこいつはこうなんだ。


 おかしいのは俺だけじゃないはず。
 姜維も今日は様子がおかしい。


 何故だろう。
 明日の出陣、姜維も何か引っかかるところがあるんだろうか。


 最も、俺は姜維が行けと言うなら、何も文句はない。
 俺の予感なんてどうでも良い。
 俺は姜維に従うまでなんだから。


「姜維、答えて。俺はお前に必要か?」


 自分でも馬鹿なことを言っていると思う。
 だけど、止まらない。


「お前が俺を何よりも欲してくれるなら、気持ち良くしてやるから」


 子どもじみているにもほどがある。
 これじゃ、手に入らないと分かっているのに、池に映った月を欲しいと言って駄々をこねる童子と同じだ。
 後で思い出して、顔から火が出るくらい恥ずかしいと思うはず。
 それでも、今日は姜維の返事を聞きたかった。


「・・・ほら、早く」

「あああっ・・・」


 姜維の最奥を容赦なく何度も突く。
 そのたびに、悲鳴に似た嬌声が姜維の口からこぼれた。


 違う。その声も良いけど、俺が今聴きたいのはそれじゃない。
 そうじゃなくて。


「ひぁっ!」

「姜維、俺のことが好きか?」

「んっ、は、はい・・・!」


 敷布に顔をうずめながら、ようよう姜維はうなずいた。
 構わず俺はさらに続けて問う。


「・・・じゃあ、どのくらい好き? 俺のこと」


 そんなこと、きいてどうするんだって、自分でも思うけど。
 訊かずにはいられなかった。
 確かめたかった。
 姜維にとって、俺はどれだけの存在でいられたのか・・・。


「夏侯覇殿」

「!」


 妙にはっきりとした声で呼ばれて、俺ははっとした。
 見れば姜維が何か言いたげにふり向いている。


「ん・・・」


 姜維はゆっくりとした動作で腕を伸ばすと、俺の首に絡めた。
 身近に迫った、上気した顔。


 何度も見ているはずなのに。
 このときほど艶やかな色気を感じたことはなかった。
 その姜維が、口を開く。


「心から、お慕いしています・・・私個人の感情は、全てあなたに」

「っ!」


 その瞬間、不覚にも泣きそうになった。
 馬鹿な姜維。


「・・・馬鹿だ」


 違う、馬鹿なのは俺だ。
 姜維は俺の気持ちに気がついたんだ。


 その上で、姜維の精一杯で応えてくれた。
 姜維を独り占めしたいと思っていた自分が、馬鹿みたいに思えてくる。


 姜維に、俺か蜀かどちらをとるか、なんて選択を迫るほうがどうかしているんだ。
 選べるわけがない。
 選ばせてもいけない。
 それは姜維を傷つけることと同義だから。


「・・・ごめん、姜維。変なこと言わせた」

「いいえ、私の本心、だから・・・」


 苦しいはずなのに、姜維は笑ってくれる。
 もうそれだけで十分だと思った。


「ありがとう」


 自然とお礼の言葉が出た。
 こんな俺を好きになってくれて。
 こんなにもお前を好きにさせてくれて。


 何かに強く執着することなんて、俺には考えられなかった。
 魏を脱出し蜀に亡命したときだって、それまであれほど魏のために戦っていたのに、いざとなったら案外簡単に捨てられるもんなんだなって思った。
 姜維のことだって、敵にいるときには、よくあんなに自分の全てを懸けてぶつかって来られるなと、呆れ半分感心半分で見てた。


 そんな俺が、今は姜維を譲れない。
 放したくないんだ。


「姜維・・・」

「あっ・・・」


 再び俺は動き出す。
 それに合わせて姜維の体も揺れる。
 しがみついてくる姜維が愛おしくてたまらない。


 ――――もう十分だと思った。


 考えてみれば、なんて間抜けな話なんだろう。
 姜維は今日だって、ずっと俺の我がままに付き合ってくれていたじゃないか。
 酒を酌み交わしたときだって、押し倒したときだって、そして質問をぶつけたときだって。
 姜維は一度も俺を拒まなかった。
 俺の好きなようにさせてくれ、俺の望むものをくれた。


 だからもう、良いんだ。
 胸に渦巻いていた焦燥感が、一気に消えていった。


「ひゃっ・・・んっ・・・! ああっ・・・」


 なあ、姜維。


「はぁっ・・・んんぁっ」


 俺はお前のことが好きだよ。
 月並みな言い方で悪いけど、三国一お前を愛してる。
 この気持ちは誰にも負けないと思うんだよな。


「姜維」


 俺は乱れる姜維の耳元に囁く。


「俺はお前のためにあるから」


 何か大きなことを成し遂げたわけじゃない俺が、この生に価値を見いだすとしたら、きっと姜維のためにこの身を捧げることができたときだ。
 俺の存在価値は、お前を守る、ただその一点なんだろうな。
 そう思えば、何も怖くなかった。


「姜維っ・・・」

「かこ・・・は、どの・・・!」


 二人で絶頂を迎える。
 きっと今は、同じ夢を見られるだろう。
 このときばかりは許してくれるよな。
 いつか、俺とお前、ただ寄り添っていられる日が来るっていう俺の夢を、お前と共有したって。


 俺はお前のものだけど。
 お前は蜀のものでもあるけれど。
 今だけは、お前の全てが俺のものであると思わせて欲しい。


「ん・・・」


 姜維と唇を重ねる。
 俺の想いが届くように。
 押しつけてごめんな。


「!」


 本当に俺の気持ちが伝わったのか、姜維が俺の頬に触る。
 姜維のほうからも口付けしてくれて。
 そんなことないです。謝らないで。
 と、姜維が言ってくれているようだった。


「ありがとう」


 俺も姜維を力の限り抱きしめる。
 明日のことなんて分からない。
 何があるかも分からない。


 けど、何があったって、俺の想いは変わらない。
 俺の価値はお前を守るところにあるから、この命が尽きるまで、俺の持てる力のすべてでお前を守るよ。
 お前のためなら何にも怖くないけれど。


 ――――でも、いつか、何の束縛もなく、二人で過ごせる日が来ると良いな。


 心の中でそう呟いたはずだったのに、腕の中の姜維は次の瞬間、はにかみながらも艶やかな笑みを浮かべてくれた。
 運命の日は、ひたひたと容赦なく俺たちのもとに迫っていた。


 それでも、信じていたんだ。
 この幸せが永遠のものであると――――。